2010年4月16日 (金)

ゲームな思ひ出(1986年・ロム編)

※動画が含まれます

昨日の日記はネットとか使って調べたりは一切してないんですよ。
我ながら恐ろしい記憶力だと思うのですが…全然役に立たないなコレ。
大学受験のときに仕入れた知識は覚えてないのになあ…orz
 
1986年はスペースシャトルが爆発した年です。ハレー彗星が接近するということで、クリスマスプレゼントに天体望遠鏡を買ってもらいました。そのときしか使わなかったけど。(ごめんよパパン)
他には青函トンネルが開通したり、アイドルが飛び降り自殺したり、長いこと謎だったTDLのシンデレラ城に入れるようになったり、たけしがフライデーを襲撃したりと印象的な出来後ばっかりでした。
映画は『天空の城ラピュタ』と『子猫物語』と…『トップガン』もだっけかな?
CMはさんまの「しあわせ~ってなんだ~っけ♪」ってやつと、KDDIの「こ~くさ~いで~んわは~♪」ってやつ、あとカラムーチョの「ヒー!」っておばあちゃんが好きでした。
 
情報の発信源はとにかく『コロコロコミック』で、コロコロの内容そのままに遊びが変わっていきました。ゲーム以外では、ラジコンブームが下火になってビックリマンチョコが盛り上がっていました。アニメは『ドラゴンボール』『聖闘士星矢』『起動戦士ガンダムZZ』『銀牙 -流れ星 銀-』が始まってジャンプの天下でしたね
 
さて、ゲームの話。
遊んだゲームは全て書こうと思ったのですが、冷静に考えたら1997~1999年の量がとんでもないことになりそうなのでやめます。昨日も途中で心が折れそうになったしw
 
…始めます。
スーパーマリオのおかげでファミコン人口が一気に膨れ上がり“持ってないやつは友達じゃない”に近い状態でした。ソフトの貸し借りがPTAで問題になり、禁止になったりもしました。(誰も守ってないけど)
 
この年に発売された2本のソフトは、今でも忘れられません。
 
■スターソルジャー
テレ東の朝番組『おはようスタジオ』で情報が小出しで出てくるのですが、これをワクワクして見ていました。友達と相談して、いつもの登校時間を遅らせてまで見たなあ…。
 
晴海国際貿易センターで『ロッテアーモンドボール・ファミコンフェスティバル』というイベントがあって高橋名人から直接、名人が歌う『ランナー』という曲のレコードを買いました。サイン入りだったので友達に嘆願されてその場で譲ってしまったのですが、今だったら価値あるのかな…?
 

ガチで美声なんですよ・・・。
 
『第2回TDK全国キャラバン スターソルジャーファミコン大会』に出場するため、夏休み前は毎日のように友達が集まって特訓していました。2分間33万点の予選ボーダーライン確保と、決勝5分間分の敵機出現パターンの網羅…当時の仲間内では当たり前のスキルでしたが、とんでもない小学生ですよね。^^;
決勝進出で良い結果を出せたのは大森大会で、新宿はもう酷いものでした。ラザロを破壊できないなんてw
そうそう、新宿大会のときに未発売の『高橋名人の冒険島』が公開されたのですが、会場が『それワンダーボーイじゃん!』『真似じゃん!』と、パクリコールで湧いたのがすごく印象に残っています。司会をしていた川田名人(だっけ?)、可愛そうだったなあ・・・w
あと、mixiのコミュでちょうど話題になったのですが…夏休みに入る少し前だったかな?地元のスイミングクラブのイベントがあって、ゲストが高橋名人だったんです。本当はゲーム大会が開催される予定だったのですが配線がうまく行かないとかで結局高橋名人のデモプレーのみに。がっかりしている私たちに名人は『ファミコン体操』を教えてくれました。
 

「ファミコンたいそう、ファミコンたいそう、しーなーくーちゃーなーらーなーい♪」
(大田区立久が原小学校生徒一同、苦笑)
 

夏休み明けの9月に映画『ランニングボーイ&GAME KING』が公開され、観に行きました。
映画の中で隠し要素の『レーザー』が公開されたのですが、夏休みと共にスターソルジャーブームは終わってしまっていたため、いまいち盛り上がらなかったのを覚えています。
 
・・・なんか、高橋名人ばっかりだwww
 
■マイティボンジャック
「・・・え?ドラクエじゃないの?」と言われそうですが、違います。私はドラクエをリアルタイムで遊んでいないのですw
買うソフトが友達と被ると遊びが広がらないので『誰も買いそうにないもの』をテーマに買ってもらったのですが、あまりの難易度に怒りすら覚えたソフトです。コンティニュー無いし。
でも、クリアしました。ただのクリアではなく、王様、王女、姫を助けた上でワープを使わずにクリアしました。攻略本はもちろん見ましたが、攻略といっても隠し扉の位置(普通じゃわかりっこない)を調べた程度で、ほぼ実力です。もう一度やれと言われたら嫌ですが、体が覚えているかも…。
あ、有野課長のアレはクリアとは認めません。
クリアしたのは凄いことだと自負しているのですが、腑に落ちないのは当時の友人の誰もが称えてくれなかったこと。『誰も買いそうにないもの』は、誰も興味がないマイナータイトルでした・・・orz
 
* * *
 
さて、それ以外のタイトルにも触れて置きます。
今日は変なまとめ方で行こう。
 
■うちにあったタイトル
『アーガス』はジャレコの縦スクロールシューティングゲームで、20年を経た今でも50音順で未だに最初にくるタイトルです。自機が画面中央に固定されていて、左右に動かすと背景の方が動くという独特な感覚でした。あと、敵の弾がやたら大きかったです。
『グラディウス』はコナミの横スクロールシューティングゲーム・・・というか、解説不要ですよねw
オプションがたくさん付けられるというファミマガの裏技がウソだとわかった時は、すごく悲しかったです。
『がんばれゴエモン!からくり道中』は…ARPGなのかな?ファミコン初の2MBロムカセットで、コナミの新しい社ロゴが使われたタイトルでした。2MBって、メガ『ビット』なんですよね。『バイト』じゃなくて・・・。
『高橋名人の冒険島』は、ゲーム大会で散々パクリって言われていたのに買ってしまいました。当時の私はコロコロコミックとハドソンに洗脳されていたのかもしれませんw
『アルカノイド』は専用コントローラに魅かれて買いました。数年前に大山のぶ代のスーパープレイで再び脚光を浴びたのが記憶に新しいところ。
 
■るぴん氏の家にあったタイトル
るぴん氏は今でも“お互い買うものが被らない”“迷って選ばなかった逆側を持っている”という、非常にありがたい存在です。
『忍者ハットリくん』『影の伝説』『ドラゴンクエスト』『ドラゴンボール 神龍の謎 』『ドラえもん』『マドゥーラの翼』…て!いいの揃っていたなあw
『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境』は“毛目玉”がインパクト大でした。
 
■アジト(近所の友人Fの家)にあったタイトル
日曜日の朝、キン肉マンを見てから集まって、夕方6時ぐらいまで遊んでいました。不健康な小学生です。
『ソロモンの鍵 』『迷宮組曲 ミロンの大冒険 』『ワルキューレの冒険 時の鍵伝説 』は、みんなの力を合わせてクリアしました。。。
『スーパーゼビウス ガンプの謎』 と『闘いの挽歌 』は…なんか、初見でワンコインクリアを見せ付けられた思い出が。
 
■金持ちの友人Yの家にあったタイトルのうち、すごいやつ
『元祖西遊記スーパーモンキー大冒険 』『トランスフォーマー コンボイの謎 』がクリアできないのに腹が立って、家の前の駐車場で爆竹を詰めて破壊しました。(今考えたら勿体無かったとうか、ムチャクチャだw)
 
■近所の友人Tの家にあったタイトル
『たけしの挑戦状』は当時どうやったんだか覚えてないのですが、エンディングを見ました。
『プロ野球ファミリースタジアム 』は、今まで食べてパンの枚数を覚えていないのと同じぐらいやりました。野球を見ない私は、もっぱら“ナムコスターズ”でw
 
* * *
 
いやー、終わった終わった。後半になるほど内容が薄いけど、いいやw
二時間もサクラエディタに文字を打ち込むなんて、仕事より手が動いてるじゃん・・・。
 
…と思っていたら、運命の分岐点“ディスクシステム”に触れていませんでした。orz
うーん・・・またの機会にしよう。

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2010年4月15日 (木)

ゲームな思ひ出(1985年)

※長いです!
 
久々に綴ります。
小学校4年生は…学校近くに新しくできた図書館に『マイコンBASICマガジン』というのが置いてあって、MSXやPC8800といった“パソコンでしか出ていないタイトル”にやたら興味を持ったのを覚えています。
 
この年はハドソン・ナムコ以外のサードパーティが続々と現れた年でした。
金持ちの友達が片っ端から買って貰っていて、そいつの家に行けば遊べたので環境はバツグンだったなあ…。
 
よし、今回はメーカー別に書こうか。
 
■任天堂
『バルーンファイト』と『アイスクライマー』。一人で黙々と遊びたいときはバルーンファイトのバルーントリップ。友達と遊びたいときはアイスクライマーの殺し合いと…いうのが定石でした。
ステージが多いアイスクライマーを買った人の方が、やや勝ち組だったのかも。ボーナスステージの野菜がかわいいんです。ナス→ニンジン→キャベツ→キュウリ→トウモロコシ→カブ→カボチャ→ハクサイ→ジャガイモ→キノコの順に現れるのですが、私はハクサイまでしか行かない実力でした。
『サッカー 』はとスタートボタンの連打でチアガールの色を変える裏技しか記憶にないです。『レッキングクルー』はキャラ(ナスビ仮面とブラッキー)しか記憶にないデスw
本体にロボットを接続してブロックを積ませたりコマを回させたりする周辺機器も出たのですが…あれ、何で欲しかったんだろう?買って貰わなくて良かったです。。。
『スパルタンX』ボスをスタートボタンを押して延々と笑わせていた記憶があります。ジャッキーチェンの映画の方が好きでしたが…あれ関係あるのかな?
『スーパーマリオブラザーズ』については次の『思ひ出』に書きます。『テニス』と合わせて。
『マッハライダー』は衝撃的でした。ファミコンロッキーを読んで“スリップストリーム”って単語を覚えたんだよな…。クラッシュしたらライダーごとバラバラになるのが素敵です。
 
■ナムコ
『ギャラガ』はボーナスステージが好きでした。先のステージになるとギャラクシアンのボスが出てくるのには感動したなー。『ディグダグ』は音楽が好きでした。意外とグロいゲームなんですよね。『ワープマン』は友達が持っていたけどマニュアルが無くて、よくわからなかった記憶が。『ドルアーガの塔』は7面ぐらいまでしかできなかったけれど、あとで『上下左右下上右左左右下上右左上』のステージセレクトが判明してから遊びまくったのを思い出します。(Googleで上下左右と入力したら、オートコンプリートの候補に出てきてびっくりw)『バトルシティー』は二人同時プレーでかなりハマりました。(このあと高校生なってから続編にハマるんです)『バーガータイム』は裏の家から毎晩BGMが聴こえてきたのを覚えています。『パックランド』はなぜか2コントローラで遊んでいたような…なんでだっけか?『スターラスター』は塾帰りに道で拾うという妙な縁がありました。コクピットの色を帰る隠しコマンド、覚えてます。^^
 
■ハドソン
『バンゲリングベイ』は自転車のカゴに入たのを忘れて、気が付いたら盗まれてました。トラウマです。
『チャンピオンシップロードランナー 』は実力でチャンピオンカードを貰いました。確かNo.14481です。
クラスで“パズルゲームといえば、にんじんまる”みたいなポジションになったのは、このゲームのおかげ。
『チャレンジャー』はシューベルトの軍隊行進曲が印象的。ファミコンロッキーで読んだ『1面のボスにナイフを16発当てる』の再現は無理でした。
『スターフォース』はジャンプに無敵コマンドが載ってから遊びました。ラリオスが倒せるようになったのは5年生になってから。
『プーヤン』はドボルザークのユーモレスクがBGMですが、スタート時の“森の熊さん”が有名なのかな?母豚が子供を守るために狼を弓で殺しまくるゲームで、BGMに合わせて矢を放つと隠しキャラ(プログラマーの顔)が出てくるんですが…それをやはり矢で射るんです。射らちゃって良かったんですかね?プログラマーさんは。
『バイナリィランド』はPC版がペンギンじゃなくて人間なんですが…ペンギンブームだったからなー。
『ボンバーマン』は今でも面白いので言わずもがなですが、パスワードをテキトーに入れても意外と動いてしまうのが楽しかったです。BABABABABA・・・BAは有名ですよね。^^
 
■ジャレコ
『エクセリオン』は連射の効かないBボタンの弾でで敵機を倒してコツコツと残弾数を増やし、Aボタンの弾で敵を一掃するのが爽快でしたが、ステージ数が4面しかないんです。自分で買わなくて良かった…。
『フォーメーションZ』はなぜか今でもボスの名前を覚えています。『佐藤テムユルボワク』!
『忍者くん魔城の冒険』は、一番下の階層で敵とじゃれついていると地面を突き抜けて上から降ってくるという裏技が記憶に残っています。
『フィールドコンバット』は父が突発的に買ってきてくれた最初の『残念』ソフトでした。…が、大学時代に遊んでみたら結構面白かったんです。子供には早すぎたのかもしれません。BGMがワーグナーのワルキューレの騎行なのは好きなのですが。
『シティコネクション』はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番ですよね。音楽の授業でクラシック鑑賞をした際にこの曲が流れ「あ!ねこ踏むんだぜこれ!」と騒いで怒られた男子は私です。
『忍者じゃじゃ丸くん』はファミマガに騙されました。ⅡコンのマイクでBGMに合わせて「じゃじゃまるじゃじゃまる…♪」と歌うと、忍術のガマガエルがシティコネクションの車になる』というウソ技を一生懸命試したんです。。。できねぇし!(できるって言ってた友達がいたんですよ、嘘つかれた…)
 
■タイトー
『スペースインベーダー』誰も持っていなかったので知りません。世代じゃないし。
『ちゃっくんぽっぷ』は地味なのになぜか大好きでした。敵を倒さずにクリアするとボーナスが入るんですが、そればっかり挑戦していたなあ。
『エレベーターアクション』は幼馴染のマイミク(るぴん4世氏)が持っていて、ゲーム自体はよくわからなかったけど、死ぬ姿が面白くて殺しまくっていたような。あと、エレベーターよりもエスカレータを使っていた記憶があるんですが…気のせいかなあ?
『フロントライン』は金持ちの友人が持っていたんですが触手が伸びず、実は一度もプレーしたことがありません。戦争モノだったから?
『スカイデストロイヤー』は後方視点のシューティングゲームでした。ジャンプのレビューでゆう帝(堀井雄二に)『なぜ一発で死ぬんだ!ゲームとしてのアイデアに乏しい』とバッサリ斬られていたのが忘れられません。 
 
…あのう、書き始めてから1時間経っちゃったんですけど。
 
■コナミ
がんばります。
『イーアルカンフー』はボーナスステージが上手な友達がいて、ボーナスステージになるとそいつに渡すのが普通でした。 今思えば自分で練習した方が良かったなと。…有野課長は偉いと思います。
『けっきょく南極大冒険』はBGMのスケーターズワルツが好きでした。当時はペンギンが流行っていたんですよ。『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』って…知っている人います?
『ロードファイター』はコナミマンと逆ハンドル操作って単語だけ覚えています。
『ハイパーオリンピック』はファミコンより前にLSIゲームかなんかがあったと思うんですが、おぼろげです。近所のお兄さんが鉄定規でとんでもない記録を出していました。手袋をはめてこすったり、ガチャガチャのカプセルでこすったりするヤツもいました。“殿様版”というコントローラの無い別バージョンではタイトル画面でステージセレクトができるんですが、これが十数年後に10000円で売れるプレミアソフトになるとは当時の私は知る由もなかったです。『ハイパースポーツ』はやった記憶無いんですが…あれはもっと後でしたっけ?あれ?
 
■アイレム
『ジッピーレース』もるぴん4世氏の家にありました。ABボタンを同時押ししていると敵車とのスピードが同じになって難易度が激減するんですが、ゲームとしての面白みも激減する罠。でも、死にそうになるとABボタンを同時押ししてしまう私でしたw
『10ヤードファイト』は少年ジャンプでの評価がやたら高かった記憶があるのですが、フットボールは小学生には浸透していない時代でした。
『スペランカー』は言わずもがな。パパンが買ってきてくれたベストタイトルでした。ファミマガに載っていた無敵になるウソ技、本当にあって欲しかった・・・。
 
■アスキー
『ゲイモス』という伝説の3Dシューティングゲームをご存知の方は…はい、いませんよね?w
すごいんですよ。敵機の当たり判定が今のシューティングゲームの自機に相当するんです。つまり、真ん中1ドットぐらいに正確に当てないと破壊できないんです。でも、自機の当たり判定は大きいというひねくれ設定。
『アストロロボ・ササ』は当時遊ぶ機会が無かったのですが、15年後に大学生の“よつば”さんが家に持ってきてくれたのでした。(5面ぐらいまでしか行けなかったなー)
『ぺんぎんくんWARS』はドッジボールだかキャッチボールだかのゲームだったような。またもペンギンw
『ボコスカウォーズ』はSLGなのかもしれないし、運ゲーなのかもしれない。今だよくわからないゲームです。歌だけは今でも歌えるんですけどね。「すすめーすすめーものどーもー♪」w
 
■エニックス
エニックスといえば『ドアドア』です。しかし、25面にワープできたからって何だ?って感じです。(←?)
『ポートピア連続殺人事件 』はタイムアタックに挑戦するのが流行っていました。5分台とかも可能だったような。
 
■スクウェア
『テグザー』も、るぴん氏の家で遊びました。上Aリセット下Aリセット…という無敵技、覚えてます!
  
■バンダイ
『キン肉マンマッスルタッグマッチ』は当時キャンペーンがあって“当たると自分の好きな超人を入れてもらえる”というスゴイものだったんです。当たった人は何を入れてもらったのかな?ベンキマン?カレクック?
私なら絶対にカナディアンマンでしたね。
 
■ポニーキャニオン
『おにゃん子TOWN』は親戚の女の子が持っていました。迷子の子猫を母猫が家に連れ帰るというストーリーなのですが、女の子向けのかわいい画面とは裏腹に“包丁を持った人間に追い回され、捕まると刺殺される”“広い道路に出ると車に跳ねられる”など、ハードな内容でした。
『ルナーボール』は金持ちの友達が持っていたのですが、ビリヤードなんて知らない私は摩擦係数をゼロにして延々と動く玉を眺めているだけでした。コレ、いま遊んだらすっごく面白いんじゃないかな・・・?
 
■デービーソフト
パズルゲーム大好きだったにんじんまる少年は、『フラッピー』にはかなりハマりました。
軽快なBGMと詰まったときの自殺ボタンがお気に入り。借り物なのでクリア認定のカードは貰えなかったけれど、全ステージ解きましたよ。
『ヴォルガード2』は、なぜ1じゃなくて2が出たのか謎でした。親戚の家のMSXで1をやって、「ああ、、、出さなくて正解w」と思いました。
『頭脳戦艦ガル』はファミコン神拳の評価で「パーツ100個なんて本当に集まるのかよ、疲れて死ぬぜ!」なんて酷評がされてました。あれは“ミヤ王”だったかな?
 
■東芝EMI
『パチコン』…小学生がやるかいっ!
 
■セタ
『本将棋 内藤九段将棋秘伝入門編』は、セタですが勝っても脱ぎません。まあ、相手はロボットですし?
15年後、にんじんまる少年はセタの麻雀ゲームで『ネ神』のごとき偉業(自己評価)を達成するのですが…それはまた、別のお話。

■徳間書店
『超浮遊要塞 エグゼドエグゼス』はパパンが買ってきた残念ソフト第二弾でした。
・・・いやあ、ほんとごめんよ、パパン。殆ど遊んでない。
 
■サン電子
『スーパーアラビアン』はパッケージとゲーム画面のギャップがすごいアクションゲームです。なんか軽めなノリで操作がふわふわしていた印象が。タイトル画面の曲がベートーベンの交響曲第6番だった気がします。『ルート16ターボ』は画面切り替えがすごかったような…どうすごかったかが思い出せないんだけどw
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そして『いっき』。そんなに遊んだ記憶は無いのですが、竹槍が使いにくいことだけは覚えています。まさか25年の時を経てオンラインゲームとして復活するとは、誰が想像したでしょうか?


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2010年3月 4日 (木)

ゲームな思ひ出(1984年)

ゲームについて書ける事はこの年もたくさんあるのですが、小学4年だと・・・サッカーをしたりザリガニを釣りに行ったり、プラモデル(ロボダッチ)を作ったりする方が多かった気がします。
 
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裏に住んでいたオバちゃんが光線銃(ワイルドガンマン)を持っていて、毎週日曜日になると無理やり押しかけていたのを覚えています。芸能関係の仕事をしている人で、焼肉パーティに呼ばれて行ったらテリー伊藤がいたんですが『子供は外で遊べ』みたいな事を言われたのを覚えています。ベタだな・・・w
私はもっぱら『知らないおじさんに説教された;;』という印象しかありませんでしたが・・・いやいや、話がそれました。
 
この年はサードパーティとしてハドソンとナムコが参入した年でもありました。ファミコンは任天堂なのに、よその会社がソフトを出しちゃって良いのか?・・・小学生の私には、少し不思議でしたね。
 
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日曜日の朝はナムコのCMを多く見られたと記憶しています。「クーソーは、頭のこやしです」ってやつ。
ハドソンはCMやってなかったんじゃないかと。
 
■ギャラクシアン
サイバーなパッケージに魅かれて選んだら、普通のインベーダーゲームでがっかり。
ⅡコンのABボタンを押しながらリセットボタンを20回ぐらい連打するとで『シバの女王』という曲が流れるんですが、そこに流れるフレーズが気に入ってピアノの発表会の曲に選びました。ゲームとまったく関係ない部分で影響を受けたタイトルです。
■ロードランナー
パズルゲーム好きになった原点。エディットモードは以降2年ぐらい遊べました。ゲームイベント(次回ぐらいに書きます)ではトラウマレベルの恥をかいたのですが、大好きなタイトルです。
■ナッツ&ミルク
キャラ萌え。面白かったけど、ゆっくり遊べるロードランナーの方が遊んだような。
当たり判定後でもセレクトボタンによる面送りが効くので、妹と二人プレーをするとずっと兄のターンでした。ごめん。orz
■ワイルドガンマン
光線銃専用ソフト。なんだかわからないけど、すごいなーと思っていました。
光線銃といえば、うちの押入に未開封の『ホーガンズアレイ』が超美品状態で眠っているのですが・・・何でだ?
■マッピー
同じ絵柄を順番に取るとかはどうでもよく、『ご先祖様にどれだけ耐えられるか』とか『ベルで一度に何匹の子猫を倒せるか』とか、そういう遊び方に夢中でした。BGMを妹がピアノで弾いていたけれど・・・恐るべし絶対音感。恐るべき小3。(注:妹は後にプロの演奏家になりました。ピアノじゃないけど。)
■ドンキーコング3
起動するまでシューティングゲームだと知らなかったんですがw。わけありルートでうちに来た思い出のソフトで、今でも大事にとってあります。いつか、然るべき相手にこのROMを託すことができたらと思います。
■デビルワールド
父がある日突然、誕生日でもないのに買ってきたソフト。ドットイーティング系。
二人同時プレーができたので、妹や友達とよく遊んでいたのを覚えています。
■ゼビウス
ヌルい私は1つめのアンドアジェネシスに高確率でやられていました。破壊したときに中心部からピロッと出て行く物体の正体、誰か教えてください。クラスに「俺はバキュラを破壊した」と言い張るやつがいたんですが・・・本当なのか、いまだ不明。
■エキサイトバイク
他のソフトより箱が大きくて値段も高かったんですが・・・理由は不明。エディットモードが付いていたから?
なんかすぐオーバーヒートしちゃって、あんまり好きじゃなかった気がします。
■アーバンチャンピオン
ファミコン初の対戦格闘です。ファミコンをつないでくれたおじさんの家で、そこの子とよく遊んでいました。毎週のように遊んでいたので、あちらは僕を親戚だと思っていたと、最近言われました。
 
1984年の印象的なできごと
・ロサンゼルスオリンピック
・コアラとエリマキトカゲ
・スペースシャトル打ち上げ
・わらべ「もしも明日が…。」
・チェッカーズ「涙のリクエスト」
・小泉今日子「風のマジカル」
・郷ひろみ「2億4千万の瞳」
・THE ALFEE「星空のディスタンス」
・映画「風の谷のナウシカ」
・映画「ターミネーター」
・漫画「ドラゴンボール」連載開始
・アニメ「名探偵ホームズ」


・CM「ちゃっぷい、ちゃっぷい、どんとぽっちぃ」

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2010年3月 1日 (月)

ゲームな思ひ出(1983年)

mixiのほうで『自分のゲーム史』を書く人がいたので、私も少しずつ書いていくことにしました。
書くことが多すぎるので時系列で小出しにします。不定期連載ですがご勘弁を。。。
 
* * *
 
初めて触ったテレビゲームは、近所の子が持っていたカセットビジョンJrで遊んだ『パクパクモンスター』が最初だっと思います。
当時の私は“テレビゲームはお金持ちのおもちゃだ”と諦めていたので、まさか買ってもらえるとは思わなかったのですが、ダメもとで頼んでみたら意外ととあっさり通りました。まわりがみんな持っていたからですかね?
 
買ってくれたのは祖父?父?・・・どっちだったか忘れましたが、接続してくれた人は覚えています。父の友人でした。父は電子系が超ニガテ(成長性E)なんです。
 
細かいことを思い出しました。当時のハードはRF端子でアンテナ線を介して接続するのですが、どのチャンネルを使うかの設定まではしてくれなかったようで、『ファミコンを繋げると1チャンネル(NHK)が映らない』という状態が暫く続いていました。(体裏のスイッチを切り替えるだけで2チャンネルに変えられるんですけどね)
 
Photo
 
本体はコントローラのボタンが四角形のゴムのやつで、箱の側面に謎のタイトル『ドンキーコングの音楽遊び』がありました(あれ、ずっと気になってたんだよなあ・・・w)。
四角ボタンの初期型は、前面のエキスパンドコネクタ(拡張端子)にカバーが付いていませんでした。後年、友人の丸ボタンファミコンにカバーが付いていてすごく羨ましかったのを覚えています。
 
うーん・・・この調子で書けるだろうか?(滝汗)
 
1983年の印象的なできごと
・NHK朝の連続テレビ小説『おしん』放送
・東京ディズニーランド開園
・戸塚ヨットスクール事件
・わらべ「めだかの兄妹」
・欧陽菲菲ラブ・イズ・オーヴァー」
・葛城ユキ「ボヘミアン」
・風見慎吾「僕笑っちゃいます」
・映画『南極物語』
・アニメ『キン肉マン』『スプーンおばさん』 『パーマン』 『超時空世紀オーガス』『キャプテン翼』

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